2017年7月 4日 (火)

食べ物と飲み物

軽くて楽しめる話題、と考えたが、私がそんな風に書けるのは、飲み食いの話くらいしかないような気がする。というわけで、私が言った外国での体験を中心に少し書いてみる。

[塩(酢)漬けニシン] オランダでは、生のニシンを開いて塩漬けにして食べる。尻尾をつかんで、口を上に開けて食べる。これがうまい。寿司のネタにしたらすごく良いのにと思ったりした。ドイツや北欧では、ニシンの酢漬けを食べる。ドイツではめちゃ酸っぱく、北欧では甘酢だが、私は、オランダ式の塩漬けが一番好きだ。
[ワイン] ワインについて私が語れることなどほとんどないが、一点だけ。どうして、日本のスーパーは、「白とロゼは冷蔵販売、赤は室温販売」という、欧米ではどこでも普通にやっていることができないのだろうか。
[炊飯] 私は、鍋でご飯を炊くテクを持っているが、実は、もっと簡単なご飯の炊き方がある。それは、研いだ米と1.2倍の水をタッパーに入れ、30分ほど電子レンジにかける、というやり方である。私はこれを、カナダで中国人留学生から教わった。
[ドイツ・東欧の保存食文化]  欧州でフランスが美食の国とされるのは、フランス国土の地味の良く、温暖であることの反映である。国中で、おいしい、野菜・果物・穀物がどっさり取れる。対して、寒く、冬に新鮮な青物が途切れがちなドイツ・東欧では、どうしても、保存食の文化が発達する。しかし、私は、そういう、日本では東北の食文化とも重なる、保存食の文化が好きだったりする。
例1: 酢漬け(ピクルス)
日本では、漬け物は塩辛いが、ドイツではめちゃ酸っぱい。上に出てきたニシンとかキャベツ(ザワークラウト)とか。もちろん、キュウリその他のピクルスもある。日本の感覚と違うのは、こういう酢漬けを、さらにたくさん盛って(時には火を通して)、サラダの如く食べることである。まさに、保存している野菜なのである。
例2: ライ麦パン
パンも、ドイツ(東欧)では、柔らかい白パンではなく、発酵させた酸っぱいライ麦パンになる。そのままではうまくないが、こってりしたチーズとかレバーペースト(これら自体が保存食だ)と酢漬けをはさむと、くどさが酸味に中和されてとてもうまい(私見)。
例3: ハンガリー風ロールキャベツ
ハンバーグが、くず肉を美味く食べる工夫をしたドイツ料理であることは知れたことだが、これをザワークラウトで包んで煮込んだのが、ハンガリー風ロールキャベツで
ある。ここまでくると、「くず肉や保存食を美味く食べる知恵」に脱帽せざるを得ない。
取りあえず、今回はこのくらいで。

2017年6月 4日 (日)

ハートのふれ愛

 何か微妙なネーミングだな。肌のふれあいはだめよっ、てか?

https://www.pref.aichi.jp/police/soudan/dial/tekkei/fureai.html

2017年6月 3日 (土)

C言語

https://www.amazon.co.jp/%E6%94%B9%E8%A8%82%E7%AC%AC5%E7%89%88-ANSI-%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%AEC-Software-Technology/dp/4774133345

C言語の初心者本です。「初夜の心得」ではありませんぞ。。。。。。駄洒落、下ネタ失礼!

節目

https://www.facebook.com/makiko.shinoda/posts/10207223004413467?pnref=story

28歳、34歳、そして40歳と50歳の節目かあ。私は、ほとんど失敗しているな。唯一できているのが50歳の節目。もともと高分子化学屋だったが、今はマクロを書くのが楽しくて仕方がない。
以下、引用:

「50歳からやるべきことは……」

「何でしょう?」

「多分君は、ビジネスに少し飽きているだろう。好きなら続ければいいが、もういい加減、少し疲れているはずだ。」

「そうかもしれませんね……。」

「50歳にもなると、「新しいこと」に対する感受性が低くなってくる。だから学び直さなきゃいけない。次の30年のために。」

「学び直す?」

「そう、学ぶことで人は穏やかに歳を重ねることができる。過去の成功や経験にとらわれて、若さにしがみつくこともなくなるだろう。実は50歳は新しいことを始めるのにすごく良い年齢だ。

働き始めて30年、でも50歳から余命も30年ある。もう一度何かできるんだ。そう考えるとちょっとワクワクしないかい?」

オガール紫波

http://ogal-shiwa.com/

岩手県のオガール紫波。一度ゆっくり行ってみたい。

↓ オガール紫波をやっている、ぐっちーさんこと山口正洋氏のブログ記事

http://guccipost.co.jp/blog/gucci/?p=5998

2016年7月 2日 (土)

20年前(続続編)

前の記事で、イギリス生活についてつらつら書いたが、その前後を含む私の経歴は、こんな感じである:  
 
某県の高校を卒業後、東京に出て大学生活
大学院に進学し、バブル絶頂の東京を横目で見ながら修士論文と博士論文を仕上げる。
博士課程修了と前後してバブル崩壊
ベルギーでポスドク
スコットランドで訪問研究
カナダのケベック州の州都ケベック市でポスドク
学会誌の求人広告を見て応募
サラリーマンになって今に至る。
 
あとは、ベルギーからケベックに至る在外時代のよもやま話。
 
[緯度と気候] スコットランドのエディンバラは、サハリンの北端くらい北の地(北緯55度)なので、前にも書いたように、冬はティータイムに夕日が沈む。私がいたベルギーの某所はそれより少し南、北緯50度くらいで、サハリンの真ん中位に相当する。ケベック市は北緯46度でサハリンの南端くらい。日本の感覚だと、いずれもすごく北国のイメージだが、気候は、緯度から思い浮かぶイメージとはかけ離れている。
 エディンバラの冬はそんなに寒くない。朝晩でも氷点下に下がることはあまりなく、雪もそんなに積もらない。ベルギーの冬も似たようなものである。ベルギーの夏は涼しい。ただ、建物が暑さに対応していない(公共の建物は、クーラーなしの窓はめ殺しが多い)ため、異常気象で猛暑が来ると(私がいたとき30℃を記録した)、とたんに熱中症の人が出る。
 実は、一番南にあるケベック市が一番寒い。-20℃くらいはざらで、冬の間は、しっかりした防寒着(手袋・帽子)なしで外出できない。雪も多く、人の背の高さより高く積もる。そういう時は、除雪車が出て道路を除雪するが、道しか除雪しないので、両側に雪の壁ができて、迷路に入ったようになり、道に迷いやすくなる。そのくせ、大陸性の気候のため、夏は暑い。まあ、東京よりは過ごしやすいが。
 
[食べ物] ベルギーは美食の国である。チョコレートに、ビールに、ムール貝。ブリュッセルのレストランに毎週通うフランス人がいるというのは有名な話である。庶民の食事も、それなりに豊かだった印象がある。イギリスの食事はちょっと、っていう感じはあったが、それでも、肉は安いし、インドとかのエスニック料理もなかなかいける。ちなみに、私は、狂牛病流行期にスコットランドでビーフステーキを食べまくっていたため、今でも献血できない。今だと、ビーフステーキはちょっとしたごちそう程度の位置づけだが、私が学生のころは、めったに口に入らないごちそうだったので、目の色を変えて食べた。カナダは、欧州に比べると、庶民の食生活が貧しい印象を受けた。学生さんも先生方も、昼はファーストフードで済ましている感じ。
続きはまた。

2016年5月28日 (土)

20年前(続編)

阪神大地震の時、イギリス(スコットランド)のEdinburghにいたことは以前に書いた。今回は、Edinburghに行った経緯と、そこでの生活について。

1994年の秋、私はベルギーのXXXX大学でポスドクをしていたが、研究上の必要から、EdinburghのYYYY大学に行き、1995年3月までの半年間、ラボで実験させてもらった。

ベルギーから現地までは、フェリーと鉄道を用いた。まず鉄道でベルギーのOstendに行き、フェリーでドーバー海峡を渡って英国のRamsgateに行き、そこで入国審査を済ませ(英国はシェンゲン協定に未加入だった)、列車でロンドンに出て宿泊した。せっかく来たのでと思い、少しロンドン観光したのち、先方の教授と約束していた日の朝に列車でEdinburghに向かった。London-Edinburghは鉄道で4時間ほどで、急行列車は1時間に1本くらい出ていたと思う。Edinburghで宿をとり、バスでHeriot-Watt 大学に行き、教授と面談できたのは、夕方4時ごろだったと思う。

翌日以降の宿は、大学で、泊めてくれる家庭を紹介してもらった。形の上では、いわゆる「ホームステイ」みたいなものだが、文化交流目的ではなく、空いている部屋を活用した下宿屋のようなイメージです。ただ、若い夫婦と女児の家庭で、いろいろ話ができて面白かった。費用は、週決め(朝食・夕食つき、金曜日に現金払い)だったが、正直、奥さんの手料理が合わなかったので、夕食なしに変えてもらい、夕食は、大学の食堂または近くのバーでとることにした。朝食は、大体、シリアルと牛乳を出してもらっていたと思う。この家は、Edinburgh郊外の住宅地にあり、大学からは(多分)徒歩20分ほどであった。大学までは、毎日歩いて通っていた。洗濯物はその家の洗濯機を借りて洗い、庭に干していた。

大学の研究室では、毎日実験をして、最終的に、結果を論文にまとめた。研究室には、英国人のほか、ドイツ人やフランス人(黒人女性)やイタリア人の学生がおり、バラエティー豊かであった。大学の施設はかなり良かったと記憶している。図書館の蔵書は非常に充実していた。ちょっとびっくりしたのは、学食でアルコールを提供していたこと。

週末は、バスでEdinburghの中心街に行って歩き回っていることが多かったと思う。Edinburgh城がきれいで、そこからの見晴らしも良かった記憶がある。クリスマス休暇の間は、スコットランド-北イングランドを旅行した。

Edinburghは高緯度で、かつ、滞在期間が9月から3月の寒い時期であったが、その割には、あまり寒かった印象はない。たぶん、東京と同じくらいではなかったかと思う。ただし、高緯度なので、冬は、日没が大変早い。午後3時のティータイムに、窓から沈む夕陽が見えたのを記憶している。

2月に、中国系マレーシア人/シンガポール人学生が開催した春節(旧正月 Chinese New Year)パーティーに呼んでもらったことが記憶に残っている。そのパーティーでは、大学のお偉方が伝統衣装(男性のスカート)を身に着けて挨拶をしていた。なお、そのパーティーに私を招待してくれた人とは、今でもFacebookでつながっている。

Edinburghの郊外では、交差点はいわゆるロータリーとなっており、歩行者は地下道("subway)で横断する。

Whole day breakfastというのがある。これは、Full Scotish (English) breakfastを、一日中いつでも出す、という意味合いで、早く言えば、「ベーコンエッグ定食」のこと。

サッチャー元首相がスコットランドではすごく嫌われていることが認識できた。ネッシーが住むというネス湖がスコットランドにあることを認識できた。

高齢の方に日本人であると伝えると、敵意を向けられる感じを受けることが数回あった。たぶん、前大戦の記憶がある方だったと思う。(ただし、人種差別的なことで不快な思いをしたことは、一度もなかった。)

困ったというほどではないが、滞在先の夫婦が、居間で夫婦喧嘩しているところに同席していると気まずいことがあった。

失敗した話。滞在先の家庭では、防犯のため、警備会社と契約して、夜間、窓に打撃があると警報が鳴るようにしていたのだが、ある日、うっかり夜に窓を開けたところ、警報が鳴ってしまったことがあった。

2016年4月 3日 (日)

福島事故についての報告

 国連科学委員会から、福島第一原発事故についてのレポートが出ている(日本語版あり)。

http://www.unscear.org/…/en/publicati…/Fukushima_WP2015.html
http://www.unscear.org/…/Fukushima_WP2015_web_jp_rev_V16001…
http://www.unscear.org/…/15-0285_Report_2013_AnnexA_Ebook_w…(2013年版:後半が日本語)

[2015年版65段落]
 「(2013年の福島報告書で)放射線被ばくによる確定的影響は公衆(引用者注:原発作業員でない一般市民)では観察されておらず、今後も出現しないと予測されている。」 続けて、妊娠中の被ばくによる、流産や出生時異常、被ばくした人の子孫の遺伝性疾患、放射能関連の白血病や乳がんやその他の固形がん(甲状腺を除く:後述)の識別可能な増加は予測されない、としている。
 また、甲状腺がんについても、「過剰な発生は考慮する必要がないとみなされている。」としている。ただし、「感度の高い超音波を使用した・・・集団検診により・・・多数の甲状腺嚢胞…などが検出されると予想されている。」(いわゆるスクリーニング効果) 実際、「事故による放射性核種の沈着が生じていない青森県、山梨県、長崎県の各県で、同様の又はわずかに高い有病率で嚢胞と小結節が確認された。」


[2015年版68段落](2013以降の報告で)「2013年福島報告書の仮定または知見に異議を唱えるものはなく、むしろ、これらの知見の補強または捕捉に役立つものであった。」 

 国連科学委の見解は、まあ当然のことだが、「真実を探す」などと称する、いわゆる「危険煽り派」ではなく、日本政府、および菊地誠先生や早野龍五先生などの見解と一致している。

 もちろん、国連の見解だからすべて正しいというわけではない。私が、「危険煽り派」から見たら楽観的と思われるであろう、上記見解に組する理由の一部は、チェルノブイリ事故後の欧州の汚染状況との比較に基づいている。
 一番端的なデータとして、次の2つの地図を見比べてほしい。


http://radioactivity.nsr.go.jp/・・・/6000/5847/24/203_0727.pdf
最終ページが日本のセシウム137汚染状況を表している。チェルノブイリ後のヨーロッパがこちら↓
http://www.grida.no/・・・/detail/radiation-from-chernobyl_7925#

 日本地図(最終ページ)で、少し濃い灰褐色の部分及び少し青っぽくなっているところの一部(福島県会津地方といわき地方のほぼ全域、群馬県南部、茨城県と千葉県の県境、岩手県南部)が10kBq/m2超だが、これが欧州の地図の薄橙色の部分(東欧、北欧の広い範囲、オーストリアのほぼ全域、南独、スイス、南仏、ギリシャ、英伊の一部)に相当する。
 日本地図の濃い青のところ(福島県中央部、福島/宮城および福島/栃木の県境、栃木県、群馬県の一部)とその両側が、欧州の地図の濃い橙の部分(東欧の広い範囲、北欧、オーストリア、ギリシアの一部)に相当する。
 「危険煽り派」の中には、東京で五輪を開催するのもけしからんという人がいるのであるが、彼らの主張が正しければ、欧州はとうの昔に壊滅していたはずだろう。また、そういう人は、主張に一貫性を持たせるため、欧州での運動競技の禁止を呼びかけるべきであろう(半減期を考えても)。
 私自身は別の理由で東京五輪に反対していたが。。。。

2015年7月11日 (土)

「シンプルに考える」森川亮

面白そうだ。

http://diamond.jp/articles/-/73861?utm_source=weekend&utm_medium=email&utm_campaign=doleditor

2015年3月29日 (日)

福島事故後における、一部反原発論者の「犯罪的行為」について(放射能お化け)

福島事故の後、脱原発の主張を補強したいがために、客観的事実を無視して放射能への不安を過剰に煽り立て、被害を拡大した人々がいた。このことについて総括しておくべき時期だと思う。

福島原発事故による、一般大衆における被ばくに関しては、田崎先生のサイト

 http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/rb2/ 

を見てほしいが、結局、幸いにも、大部分の人々に関してほぼ無視できるレベル(*)に収まった。(ただし、たまたま家の近くにホットスポットがある等のため、例外的に多く被爆している人が、福島市付近で最大、数万人に1人くらいいる可能性がある。この点は気がかりだ - とはいっても、CTスキャンを年1回くらいのオーダーの話だが。)

 これは「原発事故による犠牲者」がなかった事を意味しない。事故後の避難等で心身の調子を崩され(て亡くなった)た方々、農水産物の出荷ができず、経済的な打撃を受けた方々などは、いずれも、事故の犠牲者である。ここはよく考えないといけない。

 ところで、福島事故後の一般大衆の被ばくが、チェルノブイリ後よりはるかに軽微であったことは、遅くとも、私が福島事故の記事

http://snakata.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-e229.html

を書いた2年前には明白であった。それにもかかわらず、「福島事故はチェルノブイリよりひどい」とか、事実に反する風説が流れ続けた。そして、それが、事故の犠牲を増やしたことは、間違いないと思っている。

 これは、大災害時によくある流言飛語だとも言えるが、中には、積極的にデマをまき散らした人々がいた。一部の評論家、反原発活動家たちが、当時、何を言っていたか思い出してほしい、そして、「福島事故はチェルノブイリよりはるかに軽微だった」という事が判明しつつあった時期に、そう言い続けていたことの意味を考えてほしい。

わかりやすい子供だましの例として、次のリンクの地図を挙げる。

http://chikyunoko.exblog.jp/19427812/

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=4213615107813&set=a.3975092024885.135864.1508109195&type=3&theater  (今、「緑の党」にいる人がこれを拡散している証拠)

 

「福島の汚染面積はチェルノブイリよりずっと広い」として、ショッキングな塗り分けがされているが、凡例を見ると、2つの地図で、別々のスケールを用いていることが分かる。つまり、日本での空間線量率(mSv/y)とウクライナのセシウム137汚染(Bq/m2)という、直接比較できないものを、適当に同じ色で塗り分けて、あたかも比較できるかのように示している。ウクライナのデータと比較可能な日本でのセシウム137汚染のデータが公表されているのに、(だます目的でないとすれば)なぜそんなことをするのか。

http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/7000/6749/24/191_258_0301_18.pdf

 

ちなみに、ウクライナの地図で赤になっている555kBq/m2以上の場所は、日本で言うと、直ぐ上のリンクの[別紙4](p.8)で黄緑のところとその内側。

 念を押すと、ここでは、「福島事故での被ばくによる健康被害の大小」についての[意見]の相違を問題にしていない。誰でも、自分の[意見]を自由に述べる権利がある。しかし、誰にも、それが他人に被害を及ぼす時に、[事実]に反する風説を意図的に流布する権利はない。そして– 私は、そのころ、ある「緑の党」の方と議論をしていたのでよく分かるのだが-活動家の方々がしていたのが、まさにそれであった。

 理性的かつ良心的な活動家なら、今回はこの程度で済んだことに胸をなでおろしつつ、かつ、二度とこのようなことが起こらないように、脱原発を目指しただろう。だが、彼らは、愚かにも、自説の補強のため、デマを飛ばして被害を拡大することを選択した。

 菊池誠先生が次のように述べているのは、誠にもっともだ。ただ、「誰にとってもよくないよ」というのは、言葉が弱すぎる。農産物、観光への被害を考えれば、犯罪(偽計業務妨害)と言ってよいような気がする。

 

https://twitter.com/kikumaco/with_replies

「福島で想定されている被曝量はチェルノブイリで被害が出た人たちよりも圧倒的に少ないということは理解しておいてください。リスクは被曝量とともに増えるので、被曝量が少なければリスクはそれだけ小さい。

 原発への賛否と東京電力福島第一原発事故による放射線由来の健康被害の有無とは全く別の問題なので、分けて考えなくてはならないのだけど、そのふたつをどうしても分けられずに、健康被害を誇張して言わないと気がすまない人たちがいて、それは誰にとってもよくないよという話です。

 

 嫌なのは、なんらかの目的でどうしても「福島は人が住めないところ」にしたい人たちとか、同様にどうしても「避難しないと健康被害が出る」ことにしたい人たちがいることなんだよね。そうじゃなくて、個々人の決定を尊重すればいいだけの話じゃないですか。」

«安全保障法制における、日本国内法と戦時国際法の齟齬について

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