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2015年3月29日 (日)

福島事故後における、一部反原発論者の「犯罪的行為」について(放射能お化け)

福島事故の後、脱原発の主張を補強したいがために、客観的事実を無視して放射能への不安を過剰に煽り立て、被害を拡大した人々がいた。このことについて総括しておくべき時期だと思う。

福島原発事故による、一般大衆における被ばくに関しては、田崎先生のサイト

 http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/rb2/ 

を見てほしいが、結局、幸いにも、大部分の人々に関してほぼ無視できるレベル(*)に収まった。(ただし、たまたま家の近くにホットスポットがある等のため、例外的に多く被爆している人が、福島市付近で最大、数万人に1人くらいいる可能性がある。この点は気がかりだ - とはいっても、CTスキャンを年1回くらいのオーダーの話だが。)

 これは「原発事故による犠牲者」がなかった事を意味しない。事故後の避難等で心身の調子を崩され(て亡くなった)た方々、農水産物の出荷ができず、経済的な打撃を受けた方々などは、いずれも、事故の犠牲者である。ここはよく考えないといけない。

 ところで、福島事故後の一般大衆の被ばくが、チェルノブイリ後よりはるかに軽微であったことは、遅くとも、私が福島事故の記事

http://snakata.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-e229.html

を書いた2年前には明白であった。それにもかかわらず、「福島事故はチェルノブイリよりひどい」とか、事実に反する風説が流れ続けた。そして、それが、事故の犠牲を増やしたことは、間違いないと思っている。

 これは、大災害時によくある流言飛語だとも言えるが、中には、積極的にデマをまき散らした人々がいた。一部の評論家、反原発活動家たちが、当時、何を言っていたか思い出してほしい、そして、「福島事故はチェルノブイリよりはるかに軽微だった」という事が判明しつつあった時期に、そう言い続けていたことの意味を考えてほしい。

わかりやすい子供だましの例として、次のリンクの地図を挙げる。

http://chikyunoko.exblog.jp/19427812/

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=4213615107813&set=a.3975092024885.135864.1508109195&type=3&theater  (今、「緑の党」にいる人がこれを拡散している証拠)

 

「福島の汚染面積はチェルノブイリよりずっと広い」として、ショッキングな塗り分けがされているが、凡例を見ると、2つの地図で、別々のスケールを用いていることが分かる。つまり、日本での空間線量率(mSv/y)とウクライナのセシウム137汚染(Bq/m2)という、直接比較できないものを、適当に同じ色で塗り分けて、あたかも比較できるかのように示している。ウクライナのデータと比較可能な日本でのセシウム137汚染のデータが公表されているのに、(だます目的でないとすれば)なぜそんなことをするのか。

http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/7000/6749/24/191_258_0301_18.pdf

 

ちなみに、ウクライナの地図で赤になっている555kBq/m2以上の場所は、日本で言うと、直ぐ上のリンクの[別紙4](p.8)で黄緑のところとその内側。

 念を押すと、ここでは、「福島事故での被ばくによる健康被害の大小」についての[意見]の相違を問題にしていない。誰でも、自分の[意見]を自由に述べる権利がある。しかし、誰にも、それが他人に被害を及ぼす時に、[事実]に反する風説を意図的に流布する権利はない。そして– 私は、そのころ、ある「緑の党」の方と議論をしていたのでよく分かるのだが-活動家の方々がしていたのが、まさにそれであった。

 理性的かつ良心的な活動家なら、今回はこの程度で済んだことに胸をなでおろしつつ、かつ、二度とこのようなことが起こらないように、脱原発を目指しただろう。だが、彼らは、愚かにも、自説の補強のため、デマを飛ばして被害を拡大することを選択した。

 菊池誠先生が次のように述べているのは、誠にもっともだ。ただ、「誰にとってもよくないよ」というのは、言葉が弱すぎる。農産物、観光への被害を考えれば、犯罪(偽計業務妨害)と言ってよいような気がする。

 

https://twitter.com/kikumaco/with_replies

「福島で想定されている被曝量はチェルノブイリで被害が出た人たちよりも圧倒的に少ないということは理解しておいてください。リスクは被曝量とともに増えるので、被曝量が少なければリスクはそれだけ小さい。

 原発への賛否と東京電力福島第一原発事故による放射線由来の健康被害の有無とは全く別の問題なので、分けて考えなくてはならないのだけど、そのふたつをどうしても分けられずに、健康被害を誇張して言わないと気がすまない人たちがいて、それは誰にとってもよくないよという話です。

 

 嫌なのは、なんらかの目的でどうしても「福島は人が住めないところ」にしたい人たちとか、同様にどうしても「避難しないと健康被害が出る」ことにしたい人たちがいることなんだよね。そうじゃなくて、個々人の決定を尊重すればいいだけの話じゃないですか。」

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