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2016年5月28日 (土)

20年前(続編)

阪神大地震の時、イギリス(スコットランド)のEdinburghにいたことは以前に書いた。今回は、Edinburghに行った経緯と、そこでの生活について。

1994年の秋、私はベルギーのXXXX大学でポスドクをしていたが、研究上の必要から、EdinburghのYYYY大学に行き、1995年3月までの半年間、ラボで実験させてもらった。

ベルギーから現地までは、フェリーと鉄道を用いた。まず鉄道でベルギーのOstendに行き、フェリーでドーバー海峡を渡って英国のRamsgateに行き、そこで入国審査を済ませ(英国はシェンゲン協定に未加入だった)、列車でロンドンに出て宿泊した。せっかく来たのでと思い、少しロンドン観光したのち、先方の教授と約束していた日の朝に列車でEdinburghに向かった。London-Edinburghは鉄道で4時間ほどで、急行列車は1時間に1本くらい出ていたと思う。Edinburghで宿をとり、バスでHeriot-Watt 大学に行き、教授と面談できたのは、夕方4時ごろだったと思う。

翌日以降の宿は、大学で、泊めてくれる家庭を紹介してもらった。形の上では、いわゆる「ホームステイ」みたいなものだが、文化交流目的ではなく、空いている部屋を活用した下宿屋のようなイメージです。ただ、若い夫婦と女児の家庭で、いろいろ話ができて面白かった。費用は、週決め(朝食・夕食つき、金曜日に現金払い)だったが、正直、奥さんの手料理が合わなかったので、夕食なしに変えてもらい、夕食は、大学の食堂または近くのバーでとることにした。朝食は、大体、シリアルと牛乳を出してもらっていたと思う。この家は、Edinburgh郊外の住宅地にあり、大学からは(多分)徒歩20分ほどであった。大学までは、毎日歩いて通っていた。洗濯物はその家の洗濯機を借りて洗い、庭に干していた。

大学の研究室では、毎日実験をして、最終的に、結果を論文にまとめた。研究室には、英国人のほか、ドイツ人やフランス人(黒人女性)やイタリア人の学生がおり、バラエティー豊かであった。大学の施設はかなり良かったと記憶している。図書館の蔵書は非常に充実していた。ちょっとびっくりしたのは、学食でアルコールを提供していたこと。

週末は、バスでEdinburghの中心街に行って歩き回っていることが多かったと思う。Edinburgh城がきれいで、そこからの見晴らしも良かった記憶がある。クリスマス休暇の間は、スコットランド-北イングランドを旅行した。

Edinburghは高緯度で、かつ、滞在期間が9月から3月の寒い時期であったが、その割には、あまり寒かった印象はない。たぶん、東京と同じくらいではなかったかと思う。ただし、高緯度なので、冬は、日没が大変早い。午後3時のティータイムに、窓から沈む夕陽が見えたのを記憶している。

2月に、中国系マレーシア人/シンガポール人学生が開催した春節(旧正月 Chinese New Year)パーティーに呼んでもらったことが記憶に残っている。そのパーティーでは、大学のお偉方が伝統衣装(男性のスカート)を身に着けて挨拶をしていた。なお、そのパーティーに私を招待してくれた人とは、今でもFacebookでつながっている。

Edinburghの郊外では、交差点はいわゆるロータリーとなっており、歩行者は地下道("subway)で横断する。

Whole day breakfastというのがある。これは、Full Scotish (English) breakfastを、一日中いつでも出す、という意味合いで、早く言えば、「ベーコンエッグ定食」のこと。

サッチャー元首相がスコットランドではすごく嫌われていることが認識できた。ネッシーが住むというネス湖がスコットランドにあることを認識できた。

高齢の方に日本人であると伝えると、敵意を向けられる感じを受けることが数回あった。たぶん、前大戦の記憶がある方だったと思う。(ただし、人種差別的なことで不快な思いをしたことは、一度もなかった。)

困ったというほどではないが、滞在先の夫婦が、居間で夫婦喧嘩しているところに同席していると気まずいことがあった。

失敗した話。滞在先の家庭では、防犯のため、警備会社と契約して、夜間、窓に打撃があると警報が鳴るようにしていたのだが、ある日、うっかり夜に窓を開けたところ、警報が鳴ってしまったことがあった。

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